2013年2月12日〜14日 /
クモヤ145-116が長野総合車両センターへ廃車回送



中原電車区所属の事業用車クモヤ145-116が廃車のため長野総合車両センターへ回送されました。12日に中原電車区から鎌倉車両センター(旧大船電車区)へ自走で回送され、14日に鎌倉車両センターから長野総合車両センターへEF64牽引で回送される工程となっていました。これにより中原電車区に事業用車の配置はなくなりました。従来中原電車区で編成を分割しての入換はクモヤ145を用いて行っていましたが、今後は南武支線用205系で行うものと思われます。


2013年2月12日 / 中原電車区〜鎌倉車両センターへの回送

武蔵中原〜浜川崎〜大船の経路で回送されました。



出庫前の中原電車区では、ヘッドマークを付けて職員による撮影会が行われていました。(13.2.12 中原電車区敷地外より 撮影:Biik氏) (拡大)





ヘッドマークの拡大。なお、ヘッドマークは出発前に取り外されました。(13.2.12 中原電車区敷地外より 撮影:Biik氏)





武蔵中原2番線で発車待ち。ホームにはかなり前の時間から多くのギャラリーがいたようです。(13.2.12 中原電車区敷地外より 撮影:Biik氏) (拡大)





南武線内を単行で走行。(13.2.12 平間-鹿島田 撮影:ほりぽん氏)





立川側のパンタグラフのみ上がっています。(13.2.12 平間-鹿島田 撮影:ほりぽん氏)





浜川崎で折り返し東海道線方面へ向かいます。(13.2.12 浜川崎-川崎新町 撮影:ほりぽん氏)



2013年2月14日 / 鎌倉車両センター〜長野総合車両センターへの回送

EF64の牽引で回送されました。



鎌倉総合車両センターでパンタグラフが撤去されています。(13.2.14 新川崎付近 撮影:ほりぽん氏)





府中本町〜立川は南武線を走行します。(13.2.14 矢川-西国立) (拡大)





八王子駅に入線。(13.2.14 八王子) (拡大)





八王子駅中線で停車中。(13.2.14 八王子) (拡大)





八王子駅中線で停車中。(13.2.14 八王子) (拡大)





連結部。車体高さがかなり異なります。(13.2.14 八王子) (拡大)




高尾駅を通過。(13.2.14 高尾) (拡大)





中央線内では特急退避が何度かあったようです。(13.2.14 塩山) (拡大)





外したパンタグラフは車内に置かれていました。(13.2.14 塩山)



廃車回送までの動き



2012年の10月より、止まっている場所は定位置ですが廃車のため使用できない旨の貼り紙がされていました。なお、この頃は列車番号表示は川崎側が8181M(バイバイ?)、立川側は8148M(廃車?)となっていました。(2012.12 中原電車区敷地外より) (拡大)





1月7日には交番検査を行っていたようですが、方向幕の部分に職員の記念撮影のためか「お疲れ様145系!」と書かれた紙が入っています。(2013.1.7 中原電車区敷地外より)





交番検査後は列車番号表示が川崎側は5963M(ご苦労さん?)、立川側は39145(サンキュー145?)となっていました。(2013.1 中原電車区敷地外より) (拡大)





貼り紙の拡大です。休車は約30日単位のようで、何度か貼り換えられていました。(2013.1 中原電車区敷地外より) (拡大)





2月3日ごろに、中原電車区の新城側に移動しました。以前から廃車回送待ちの車両や故障車がよく置かれている場所です。(2013.2.5 中原電車区敷地外より) (拡大)





(2013.2.5 中原電車区敷地外より) (拡大)





後に列車番号表示が12日の列車番号と思われる9382Mになりました。(2013.2.10 中原電車区敷地外より) (拡大)




現役当時



基本的に普段は中原電車区内で編成をばらしての入換に使用されていました。(2010.10 中原電車区敷地外より) (拡大)





入換中に単行で中原電車区内を走行。なお、パンタグラフは本線を走行する際は立川側、構内入換の時は川崎側を使用していたようです。(2010.10 中原電車区敷地外より) (拡大)





クモヤ145-116が本線上に出たのは検査入場を除いては、2003年1月にナハ32編成が踏切事故に被災した際の救援が最後であったと思われます。(2003.1.13 矢向) (拡大)





表紙南武線時報>2013年2月12日〜14日 / クモヤ145-116が長野総合車両センターへ廃車回送

走れ我らが南武線