車輌紹介 101系




写真 : 浜3   03.10 浜川崎-川崎新町

数々の新機構を取り入れた「新性能電車」の先駆けとして、1957〜1963年に製造された旧国鉄の通勤電車。 かつては首都圏および関西の各線で広範囲に渡って活躍していましたが、老朽化に伴い、90年代初め頃までにほぼ全てが廃車となりました。

しかし新性能通勤車では無改造で2連が組めるのは101系のみであり、 2輌編成の南武支線では他の車輌で置き換えるには先頭車化改造など、何らかの改造が必要で費用が掛かることから、 他線区の101系が引退した後も長い間置き換えられず、南武支線専用の2連×3編成のみが細々と活躍を続けていました。

財政上の都合から途中で断念した当初計画のオールM編成が、101系最期の線区である南武支線でささやかながら実現していたというのは皮肉な話。 駅間距離が短い南武支線ながら私鉄の高性能車並みの加速を見せてくれていました。

80年に南武支線に転入して以来、ワンマン化、塗色変更、冷房化改造などが行われ、 103系改造車での置き換えが噂されたりしながらも21世紀を迎えた101系ですが、02年に入って遂に205系改造車による置き換えが始まりました。

02年8月には後継車の205系2編成が運行を開始し、その入れ代わりに101系2編成が11月に鎌倉総合車輌所へ廃車回送。 1編成のみ残った浜3編成は予備車として1週間に1度程度の運用で残っていましたが、 これもその後03年11月に205系の第3編成が入ったことに伴い、03年11月28日の83H運用で一般運用を終了。 12月13・14日に鶴見線内でさよならイベントが行われたのち、同月24日に鎌倉総合車輌所へ廃車回送されています。

回送後もしばらくは3編成とも車両所構内で保管されており、02年〜04年の一般公開時にはその姿を見ることも出来ました。 特に浜3編成(Mc101-130〜)は保留車扱いということでしばらく車籍も残っていましたが、 クモハ101-188・クモハ100-186・クモハ100-145の3輌は04年3月に先立って解体、 残る3輌も06年3月の旧大船工場エリア廃止に伴い、06年はじめ頃に全車が解体されています。


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